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語られへのお返事書きました、の話、その21。

昨日は名古屋に行ってかいわい西チームと会ってきました。
やー楽しかった。おつかれさまでした。


続いて「一撃入魂!」の鏡月風海氏です。
記事タイトルが毎回かっこよくて、なんか楽しみなんです。
眩しいぜ、エエ笑顔。

語り記事はコチラ

(↓以下長文格納)

>鏡月風海氏

語りありがとうございます。
「全部抱えて超えていけ」ってとても良い言葉だと思います。

「映像自体にはあまり意味はない」
そうかもしれない。
イメージ映像として捉えてもらうのもいい。
トータルで暗示させる何かを見出してもらえれば。
演じている、という解釈も嫌いじゃない。
演技という仮面かぶることは決してネガティブじゃない。
伊織は演じ切ることの難しさを良く知っている。
彼女が、ではなく、見ているものをその気にさせること。
それができるのは彼女だけだ。
伊織という娘を読み解く上での根底がそこにあるのかもしれない。

「屈指の”演じ手”」
とはいえ、この作品が彼女の「演技」に見えてしまうのは
これはもう、作者であるえびPが中途半端だったからだ。
演技という線引きを忘れさせてしまうほどの凄み。
本当のことを言えば、それを出したかった。
それを情緒的に纏めてしまったために、そう感じ取られた。
少なくとも私はそう思っている。
演技では本当の狂気は生まれない。
その時点で、この作品は失敗だ。

「何故」
多分鏡月風海氏は、それを敏感に感じ取ったんだと思う。
何故、と問われても、それは困惑して当然だ。
訊き方を完全に誤った。
こんな伊織にしたのは、私だ。
伊織が演じたのではなく、私が伊織に演じさせた。
「何故えびPは、伊織でこの作品を作ったのか」
にすればよかった。
これはもう、ただひたすらに申し訳ない。

2008年11月02日 | 語り語られてみよう | こめんと 1件 | とらば 0件 | とっぷ

コメント

 初めましてになります、えびP。鏡月です。自分のような拙い語りへの解答、ありがとうございます。

 wingeddeathさんのコメント(というか個人的なやりとり)でも、なにやら自分の語りの中で”演じる”という単語が、かなり重要なポイントとして受け取られてるようですが、実は、この単語に関わる内容は、語りも後半に差し掛かったあたりで、半ば無意識的に足したものだったりします。なので、読み返したときも自分の中ではそれほど深い意味をもっていなかったのですが、えびPの返信やwingeddeathさんとのやり取りを通して、改めて作品を思い返せば、確かに真に迫る”狂気”にまで至る感情を感じてはいなかったように思います。それこそ、”演技”止まりという印象が何処かにあったが故に、無意識的に書き足していた部分があったのではないか、と。自身の感情と思考を把握し切れなかった時点で、自分の語りの未熟さとともに、それ故に気付かされる語りの面白さを改めて実感しました。作品と、語りへのお返事、本当にありがとうございました。

 ちなみに、ウチのブログでの言動は全て思いつきと勢いだけで書かれる、ただの中二病です(エエ笑顔) 忘れない為の自戒みたいなものかなぁ、たぶん。

2008年11月03日 / 鏡月風海 #-URL【編集

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