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語られへのお返事書きました、の話、その10。

いよいよ10本目です。いやー書いたなー。
オラ気持ちよくなってきたゾ!

続きましては紹介系ブログ「一ニコマス好きの思い出」のショコラ氏。
MSC3のP予想ミマシタヨー
えびPのことも、たまには思い出してあげてくださいw

語り記事はコチラ

(↓以下長文格納)

>ショコラ氏

語りありがとうございます。
私の中にある正解のようなものも、実は正解じゃないかもしれません。

「何か」
何かの存在を感じさせる作品にした。
意図をくめないカメラの動き、随所にモニタのイメージ。
明らかに何かが介入している。その恐怖感を出したかった。
そして伊織の意識は、間違いなくそこに向いている。
それを水瀬の名とする発想は、なるほど、と思った。
死ぬまで続くであろうその視線。
しかも彼女は目を背けることが許されない。
慮るまでもなく、これは狂気の沙汰。

「演者」
伊織はしばしば「籠の中の鳥」と揶揄される。
彼女の境遇を見ればなるほどそうだ。
だが、彼女はそのことにうんざりこそすれ、明確な拒絶はしない。
籠の中で自分ができることをやろうとする。しかも妥協なく。
そう演じる。
彼女はとても優れた演者だ。
「そうせざるを得ない自分」を演じる。
それが水瀬伊織の立場だと彼女は理解している。
だからこそ「何か」の眼と向き合っても、正面から自分を見せられる。
彼女の生き方は、つまりそういうことだ。
もしそこからの開放を望むなら、それは月を落とすほどの覚悟と衝撃が必要だろう。
そして月が世界の境界を無にし、庇護はノイズの向こうへとようやく消滅するのだ。
これはすばらしい解釈だと思った。

「笑顔」
彼女には天真爛漫な笑顔がとても似合う。
それを見ると幸せになる。
ただし。
この作品での笑顔は仮面に過ぎない。
なるべく笑顔「らしきもの」は見せたくなかった。
首から下のアングルが多いのは、そういう意図もある。
彼女はこの作品で、本当の笑顔は一切見せていない。
是非、そう解釈していただきたい。

2008年10月27日 | 語り語られてみよう | こめんと 0件 | とらば 0件 | とっぷ

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